Journal of Heropin Studies Vol. 46, No. 2, pp. 1–44 (2024)
強さの飽和と自発的脆弱体験欲求
——変身戦士における心理的均衡回復機能としての「意図的ピンチ体験」に関する現象学的考察——
Strength Saturation and the Desire for Intentional Vulnerability Experience: A Phenomenological Inquiry into the Psychological Homeostatic Function of "Deliberate Pinch Experiences" in Transformed Warriors
結城 麗華(YUKI Reika)
東京都立サブカルチャー総合大学 大学院ヒロピン学研究科 教授
Professor, Graduate School of Heropin Studies, Tokyo Metropolitan University of Subculture
受稿:2023 年 10 月 18 日 採択:2024 年 1 月 29 日 掲載:2024 年 5 月 15 日
【要旨】 変身戦士(以下「ヒロイン」)が高い実力を保有しながらもあえて危機的状況に自己を誘導するかに見える行動——本稿ではこれを「意図的ピンチ体験(Intentional Pinch Experience:IPE)」と呼ぶ——は、従来のヒロピン学において方法論的に見過ごされてきた現象である。本稿では、半構造化インタビュー(n=34)および交戦記録の質的・量的分析(N=412 件)をもとに、長年の連勝による「強さの飽和(Strength Saturation)」概念を提唱し、そこから派生する「意図的脆弱体験欲求(Intentional Vulnerability Experience desire:IVE)」の理論的枠組みを構築する。三段階発現モデルによれば、IVE は飽和閾値への接近・閾値突破・誘引行動の実行という順序で展開し、戦士キャリアの平均 7.3 年目(SD=1.8 年)を境に有意な上昇を示す。さらに、かかる行動に対して一般市民から向けられうる「無謀・無責任」との批判を正面から取り上げ、①戦術的欺瞞効果、②敵資源消耗戦略、③敵内部崩壊加速効果という三つの戦略的合理性によって反論し、意図的ピンチ体験が個人的快楽にとどまらず、長期的市民保護を最適化する高度な戦略的選択として正当化されうることを論証する。
【キーワード】 強さの飽和、意図的脆弱体験欲求(IVE)、変身戦士、現象学、戦略的合理性
第 1 章 序論
変身戦士の戦闘行動に関する研究は、その勝利メカニズムの解明に多くの資源を注いできた(結城, 2023)。いかなる状況において変身戦士は力を最大限に発揮するか、どのような感情状態が交戦成果を高めるか——これらは確かに重要な問いである。しかしながら、先行研究において一貫して等閑視されてきた現象が存在する。それは、十分な実力を保有する変身戦士が、あえて危機的状況に自己を誘導するかに見える行動の反復的観察である。
筆者が収集した 412 件の交戦記録を詳細に検討すると、その 63.7%において、客観的な戦力評価に基づけば「不要なリスク」と判断されうる局面が観察された。変身戦士が十分な余裕をもって回避・制圧できたにもかかわらず、あえて敵の攻撃を受容し、または敵の射程内に留まる行動が、統計的に有意な頻度で出現する(p<0.001)。この現象は従来の「正義力場」理論や「勝利必然性」の枠組みでは十分に説明されない。
本稿ではこの現象を「意図的ピンチ体験(Intentional Pinch Experience:IPE)」と名づけ、その心理的動因として「強さの飽和(Strength Saturation)」概念を提唱する。さらに、当該行動に対して一般市民から向けられうる批判を正面から取り上げ、三つの戦略的合理性の観点から体系的に反論する。本稿の目的は、意図的ピンチ体験を個人的な感情充足の問題として還元するのではなく、変身戦士という存在が担う特殊な戦略的使命の表れとして再定位することにある。
1.1 研究方法
本研究は二段階の調査設計を採用した。第一段階として、現役変身戦士 15 名・引退経験者 19 名を対象とした半構造化インタビューを 2022 年 4 月から 2023 年 9 月にかけて実施した(合計インタビュー時間:1,847 分)。インタビューは録音・逐語転記のうえ、修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Strauss & Corbin, 1990)に準拠した質的分析を行った。対象者の属性は、キャリア年数 3〜17 年(中央値 8.4 年)、変身形態は多岐にわたる。プライバシー保護のため対象者はすべて匿名処理した。
第二段階として、公開されている交戦映像記録 412 件に対して行動コーディングを実施した。コーディングカテゴリーは、先行インタビュー分析から導出した「不必要リスク受容行動(Unnecessary Risk Acceptance Behavior:URAB)」の操作的定義に基づく(定義:当該局面における推定勝率≧85%である状況において、変身戦士が回避可能な攻撃を受容または誘引する行動)。コーダー間信頼性は κ=0.81 を示した。
第 2 章 先行研究の検討
2.1 ヒロピン学における「勝利」研究の蓄積と限界
ヒロピン学は、変身戦士のピンチ体験を主要な分析対象として発展してきた学術領域である(結城, 2023)。筆者の先行研究(結城, 2023)は、当該分野の基礎的枠組みを提示し、変身戦士の身体的・心理的特性がピンチ体験とどのように連動するかを現象学的に分析した。しかし「なぜ変身戦士は自らピンチ状況を誘引するのか」という問い、すなわち行動の動機論的次元については、実証データの不足から本格的な考察を行えていなかった。
隣接分野においても同様の空白が存在する。変身戦士の戦闘力発揮メカニズムに関する一連の研究(小澤・田口, 2018;岩田, 2017;中村, 2015;加藤・渡辺, 2016 等)は、感情状態・正義確信・仲間への帰属意識といった変数の効果を丁寧に検証してきた。これらの研究において変身戦士の勝利はいわば「当然の帰結」として措定されており、「なぜわざわざ窮地を経由するのか」という問いは、いずれの研究においても分析の外側に置かれてきた。
この空白は単なる研究上の見落としではなく、特定の前提——変身戦士の行動は常に合理的最適解に収束するはずである——が無自覚に共有されてきたことの帰結である。本稿はこの前提を批判的に検討し、変身戦士の行動合理性が単純な「勝利最大化」には還元されないことを実証的・理論的に示す。
2.2 心理学・行動科学からの理論的示唆
強さの飽和現象を理解する上で有益な理論的資源は、隣接諸科学に求められる。Csikszentmihalyi(1990)のフロー理論は、個人がある課題に対して最高度の没入感を経験するためには、課題の難易度と個人の能力水準が拮抗することが必要であると論じる。能力が課題難易度を大幅に超過した状態では「退屈(Boredom)」が生じ、最適体験は失われる。変身戦士の連勝状況はまさにこの退屈ゾーンへの接近を示唆する(図 1 参照)。
覚醒水準と課題遂行の関係を規定する Yerkes-Dodson 法則(Yerkes & Dodson, 1908)も同様に示唆的である。最適な課題遂行は中程度の覚醒水準において実現され、過低または過高の覚醒は遂行を低下させる。変身戦士が習慣的な勝利によって生理的・心理的覚醒の低下を経験しているとすれば、自らピンチを誘引する行動は覚醒水準を最適域に戻す適応的試みとして解釈可能である。
Burke(1757)の崇高論もここで示唆的な枠組みを提供する。バークは、真の崇高体験は安全が保証された状況において脅威に直面することによって生じると論じた(Burke, 1757, p. 38)。変身戦士のピンチ体験は、最終的な勝利という「保険」のもとで自らを究極の脅威に晒す崇高体験の構造を内包している。この構造的類似は偶然ではなく、変身戦士の行動様式に崇高論的な意味の次元を見出す根拠となる。
| フロー理論における変身戦士の位置(模式図) | |||
| 課題難易度(低) ←───────────────────────────→ 課題難易度(高) | |||
|
図 1 フロー理論に基づく変身戦士の連勝期における心理状態の位置づけ(Csikszentmihalyi, 1990 を改変)
第 3 章 「強さの飽和」概念の提唱
3.1 飽和のメカニズム——インタビューデータの分析から
本研究のインタビューにおいて、34 名中 29 名(85.3%)が「以前と同じ強さで戦っているのに、何か物足りない感覚がある時期があった」という記述に同意した(「非常に当てはまる」18 名・「やや当てはまる」11 名)。この「物足りなさ」の質的記述をオープン・コーディングにより分析すると、三つの主要カテゴリーが生成された。
第一のカテゴリーは「意味の希薄化(Dilution of Meaning)」である。代表的な語りとして、「どんな相手でも同じ手順で勝てるようになると、戦うことの意味が感じにくくなる」(30 代・現役、キャリア 11 年)、「勝つのが当然すぎて、何かのために戦っているという実感が消えていった」(20 代・現役、キャリア 7 年)が挙げられる。
第二のカテゴリーは「感覚の鈍化(Sensory Desensitization)」である。「昔はあんなに強烈だったはずの、敵の攻撃を受けた時の感覚が、最近うまく感じられない」(30 代・引退、キャリア 12 年)、「決め技を放った時の手応えが、ある時期から急に薄くなった」(20 代・現役、キャリア 8 年)といった語りが代表する。この感覚鈍化は単なる慣れではなく、刺激の客観的強度は変わらないにもかかわらず主観的体験が変容する現象であり、Merleau-Ponty(1945)が論じた身体図式の変容として理解できる。
第三のカテゴリーは「存在確認の困難(Identity Confirmation Difficulty)」である。「圧倒的に勝ち続けると、自分がどれだけ強いのか、逆にわからなくなってくる」(40 代・引退、キャリア 15 年)という語りが象徴するように、変身戦士としての自己概念の確立において、ある程度の抵抗・試練が必要であるという認識が複数の対象者に共有されていた。これは Baumeister(1991)が論じた「自己からの逃走」の裏面——いわば「自己への到達困難」——として位置づけられる。
3.2 「強さの飽和」の操作的定義
以上の質的分析および先行理論の統合から、本稿では「強さの飽和(Strength Saturation)」を以下のように定義する。
「変身戦士が長期的な連勝・圧倒的優位の継続により、戦闘行為を通じた感情的充足・意味充足・自己確認が漸進的に低下する複合的な心理状態。フロー理論における退屈ゾーンへの移行、Yerkes-Dodson 法則における過低覚醒、および Baumeister(1991)が指摘する自己確認の困難を三元素として統合した概念。」
行動コーディング分析では、URAB(不必要リスク受容行動)の出現頻度はキャリアの蓄積とともに漸進的に増加し、平均 7.3 年目(SD=1.8 年)を境に有意な上昇が確認された(F(4,407)=31.4, p<0.001, η²=0.24)。
| キャリア年数 | URAB 発生率(%) | 標本数(n) | 95%CI |
|---|---|---|---|
| 1〜3 年 | 18.4 | 52 | [12.1, 24.7] |
| 4〜6 年 | 31.2 | 78 | [25.3, 37.1] |
| 7〜9 年 | 67.4 | 94 | [61.8, 73.0] |
| 10〜12 年 | 72.1 | 110 | [67.2, 77.0] |
| 13 年以上 | 69.8 | 78 | [64.0, 75.6] |
7〜9 年目を境に有意な上昇が観察される(p<0.001)。
第 4 章 意図的脆弱体験欲求(IVE)理論の構築
4.1 IVE の定義と理論的位置づけ
強さの飽和状態に置かれた変身戦士は、失われた感情的・意味的充足を回復しようとする欲求として「意図的脆弱体験欲求(Intentional Vulnerability Experience desire:IVE)」を発現させると本稿は論じる。IVE を以下のように定義する。
「強さの飽和を経験した変身戦士が、心理的均衡を回復するために、自らの脆弱性が顕在化する状況——すなわちピンチ——を能動的に誘引・持続させようとする持続的な内的動因。意識的な戦略判断というよりも半自動的・前反省的(pre-reflective)な水準で作動する点に特徴がある。」
IVE が前反省的水準で作動するという点は、現象学的に重要な含意を持つ。Merleau-Ponty(1945)の身体図式(schéma corporel)概念に照らすと、変身戦士の「戦う身体」は長年の勝利体験によって特定の知覚様式を形成しており、「ピンチ体験が必要だ」という明示的な判断に先立ち、身体がすでにその方向へ動いている。IVE の現象学的構造は、意図ではなく欲求として、反省以前の水準で運動を方向づけるという点にある。
なお、IVE は「変身戦士は負けたい」という単純な自滅傾向とは根本的に異なる。インタビュー対象者全 34 名が「敗北を望んでいるわけではない」と明言しており、IVE は「ギリギリで勝てる状況」に自己を置くことへの欲求として現れる。この「ギリギリ」性——勝利は確保しつつ、身体的・心理的限界に接近する体験——が IVE の中核である。
4.2 IVE 発現の三段階モデル
インタビューデータの分析から、IVE の発現は以下の三段階プロセスを辿ることが示唆された。
第一段階:飽和閾値への接近(Approaching Saturation Threshold)。連勝・圧倒的優位の累積により、3.1 節で述べた三カテゴリーの変化(意味の希薄化・感覚の鈍化・存在確認の困難)が漸進的に進行する。この段階は本人にとって自覚されにくく、「なんとなく調子が出ない」「戦いへの熱が下がった気がする」という曖昧な記述として現れることが多い。
第二段階:閾値突破と IVE の顕在化(Threshold Crossing and IVE Emergence)。飽和が一定の閾値を超えると、「もっとギリギリの状況で戦いたい」「負けそうな感覚を経験したい」という欲求が——明示的または潜在的な形で——生じる。インタビューでは「気づいたら、わざと危ない状況に自分を持っていってた」(30 代・現役、キャリア 9 年)、「敵の攻撃を受けた時に、ああ、生きてるな、と思える瞬間が必要だった」(20 代・現役、キャリア 7 年)という典型的な語りが得られた。
第三段階:誘引行動の実行と均衡回復(Enactment and Homeostatic Restoration)。変身戦士が実際にピンチ状況を経験することで、第二段階の欲求が充足され、一時的に心理的均衡が回復される。「久しぶりに本気で限界まで戦えた」「あの緊張感の中で勝った時、ようやく自分が戻ってきた気がした」という語りが均衡回復の質感を表している。ただし、この充足は持続的ではなく、飽和のサイクルは繰り返される。
| 段階 | 名称 | 心理的状態 | 代表的語り(要約) |
|---|---|---|---|
| 第一段階 | 飽和閾値への接近 | 意味希薄化・感覚鈍化・存在確認困難の漸進的進行 | 「なんとなく熱が下がった気がする」 |
| 第二段階 | 閾値突破と IVE 顕在化 | ピンチ誘引欲求の出現(明示的・潜在的) | 「気づいたらわざと危ない状況に持っていってた」 |
| 第三段階 | 誘引行動と均衡回復 | ピンチ体験後の充足・一時的ホメオスタシス回復 | 「あの緊張感の中で勝った時、自分が戻った」 |
IVE 発現の三段階モデル(n=34、インタビューデータより)
4.3 個人差と変調因子
IVE の発現強度には個人差が認められた。インタビュー対象者に対する評定スケール(IVE 強度尺度、α=0.87)のスコアを目的変数とした多変量回帰分析の結果、有意な正の予測因子として抽出されたのは、キャリア年数(β=0.48, p<0.001)、累積勝率(β=0.37, p<0.01)、「正義への確信度」自己評定スコア(β=0.29, p<0.05)の三変数であり、年齢・変身タイプは有意な独立予測力を示さなかった(調整済み R²=0.52)。
「正義への確信度」が高いほど IVE が強く発現するという結果は注目に値する。強い使命感を持つ変身戦士ほど、連勝によって「圧倒的な力を持ちながらも存在意義を感じにくい」というアイデンティティ・ギャップを鋭く体験しやすく、その解消としての IVE も強く発現するものと解釈される。換言すれば、変身戦士としての倫理的覚悟の深さが、逆説的に強さの飽和を促進するという構造が示唆される。
第 5 章 「意図的ピンチ体験」の戦略的合理性——市民的批判への応答
5.1 批判の整理:「自己本位的リスク行為」という誤認
変身戦士が自らピンチ状況を誘引するという本稿の知見は、市民社会においていくつかの批判的反応を引き起こす可能性がある。最も中心的な批判は、「変身戦士が己の心理的欲求を満たすために自らピンチに陥り、万一これが敗北に至れば、悪の組織による市民への危害が現実化する。かかる行動は、自己利益を公益に優先させる無責任な選択であり、変身戦士としての社会的責務に反する」というものである。
この批判は一見合理的に見えるが、変身戦士の戦略的行動様式への根本的な誤解に基づいている。第一に、IVE は前反省的な身体的動因であり、単純な「自己本位的選択」には還元されない。第二に、より本質的な問題として、「ピンチを誘引する行動が、長期的な観点から悪の組織を構造的に弱体化させる戦略的効果を持つ」という可能性を完全に見落としている。以下では後者の点について、三つの論拠から体系的に論証する。
5.2 反論① 戦術的欺瞞効果(Tactical Deception Effect)
クラウゼウィッツは『戦争論』において、戦略的欺瞞は戦力の劣位を補い長期的勝利を導く根本的手段の一つであると論じた(Clausewitz, 1832)。孫子もまた「能なるも不能を示し、用なるも不用を示す」と、自らの実力を意図的に隠蔽することの戦略的価値を説いている。
変身戦士が意図的にピンチ状況を演出・持続させることは、この古典的な戦略的欺瞞の現代的実践として解釈できる。敵はヒロインが「苦戦している」「勝利は間近である」という誤った信念を形成する。本研究の行動コーディング分析において、変身戦士が URAB を示した交戦と示さなかった交戦とを比較すると、前者における敵の「致命的な戦術的過誤」の発生率が有意に高かった(76.3% vs. 41.2%, χ²=47.8, df=1, p<0.001, OR=4.6)。
| 交戦タイプ | 致命的戦術的過誤の発生率 | 標本数(N) | オッズ比(95%CI) |
|---|---|---|---|
| URAB 観察あり(ピンチ誘引あり) | 76.3% | 212 | 4.6(3.1–6.8) |
| URAB 観察なし(ピンチ誘引なし) | 41.2% | 200 | 参照群 |
| 合計 | 59.5% | 412 | — |
(χ²=47.8, df=1, p<0.001)
5.3 反論② 敵資源消耗戦略(Enemy Resource Attrition Strategy)
変身戦士が長期にわたって接戦を演じることは、敵組織に対して莫大な資源消耗を強いる。悪の組織が変身戦士を「ほぼ倒せる状態」だと認識した場合、それは追加的な作戦資源の大量投入を正当化するシグナルとして機能する。本研究の推計によれば、変身戦士が URAB を示した交戦では敵の作戦資源消耗は非 URAB 交戦の平均 2.84 倍(95%CI:2.31–3.47)に達した。
| 指標 | URAB 観察あり | URAB 観察なし | 比率(倍) | p 値 |
|---|---|---|---|---|
| 作戦資源消耗指数(平均) | 8.47 | 2.98 | 2.84 倍 | p<0.001 |
| 戦闘員投入数(平均) | 4.1 体 | 1.8 体 | 2.28 倍 | p<0.001 |
| 幹部直接介入率 | 38.7% | 11.2% | — | p<0.001 |
| 交戦継続時間(分・平均) | 23.4 | 11.7 | 2.00 倍 | p<0.001 |
5.4 反論③ 敵内部崩壊加速効果(Enemy Collapse Acceleration Effect)
第三の論拠は、組織社会心理学の知見に基づく。Festinger(1957)の認知的不協和理論によれば、個人または集団が「自分たちは勝てる」という強固な信念を保持しながら、繰り返し「勝てなかった」という現実に直面すると、この不協和を解消するための認知的・行動的努力が生じる。
変身戦士が「勝てそうな状況」でもあえてピンチを演じ、しかし最終的に勝利するというパターンを繰り返すことは、敵組織に対してまさにこの認知的不協和を最大化する効果を持つ。「もう少しで勝てた」という体験の反復は、敵の士気を中途半端な状態に固定する——絶望でもなく、確信でもない、最も凝集性を損なう心理状態である。
Sherif(1966)の集団葛藤理論が示すように、組織内で「誰が失敗の原因か」という帰属の競合が生じると、集団の統合力は急速に低下する。変身戦士のピンチ誘引行動は、この内部葛藤のトリガーを恒常的に提供し続けるという機能を担う。
5.5 長期的リスク計算の再定式化——市民保護の最適化
以上三つの効果を統合すると、変身戦士による意図的ピンチ体験の誘引は、①敵の戦術的過誤を誘発し(5.2 節)、②敵の作戦資源を最大消耗させ(5.3 節)、③敵組織の内部結束を侵食する(5.4 節)という三重の長期的効果を生む。短期的な「敗北リスクのわずかな上昇」はこれら三効果の代償として位置づけられる。
変身戦士は単一の交戦の勝利者ではなく、長期的な脅威制圧を担う戦略的行為者である。本稿が提示した実証的・理論的根拠は、意図的ピンチ体験が個人的快楽の追求ではなく、長期的市民保護目標に合致した高度な戦略的行動として完全に正当化されうることを示している。「わざとピンチに陥る」変身戦士は無責任なのではない——その行動こそが、市民を守るための最も洗練された戦略的選択なのである。
第 6 章 結論と今後の課題
本稿は、変身戦士の「意図的ピンチ体験」という従来見過ごされてきた現象に対して、以下の三点を論証した。
第一に、変身戦士が長年の連勝によって経験する「強さの飽和(Strength Saturation)」という心理的状態を概念化し、インタビュー・行動分析データによってその実在と構造を実証した。強さの飽和は意味の希薄化・感覚の鈍化・存在確認の困難という三要素から構成され、キャリアの特定段階(平均 7.3 年目)において臨界的変化をもたらす。
第二に、強さの飽和から派生する「意図的脆弱体験欲求(IVE)」を定義し、その発現の三段階モデル(飽和閾値への接近→閾値突破→誘引行動・均衡回復)を構築した。IVE は前反省的な身体的動因として作動し、意識的な戦略判断とは異なる水準で変身戦士の行動を方向づける。
第三に、意図的ピンチ体験に対する市民的批判(「自己本位的リスク行為」)に応答し、①戦術的欺瞞効果、②敵資源消耗戦略、③敵内部崩壊加速効果という三つの戦略的合理性によって、かかる行動が長期的市民保護の観点から正当化されることを実証的・理論的に論証した。
最後に、本稿の知見は変身戦士支援の実践的含意を持つ。IVE は病理ではなく、高い実力と強い使命感を持つ変身戦士に固有の適応的欲求である。これを「無謀な行動傾向」として抑制しようとするアプローチは、変身戦士の心理的均衡を損なうのみならず、長期的な戦略的有効性をも損なう可能性がある。変身戦士の「あえてのピンチ」を正当に理解し、その戦略的価値を社会として共有することが、今後の変身戦士支援政策における重要な課題となろう。
参考文献
- 結城麗華(2023)「ヒロピン学序説——変身戦士とピンチ体験の現象学的研究に向けて」Journal of Heropin Studies, 44(1), pp. 1–42.
- 岩田健一(2017)「悪の組織首領の行動レパートリー分析——観察的手法による記述研究」Journal of Heropin Studies, 36(3), pp. 45–68.
- 加藤大樹・渡辺慎一(2016)「変身戦士の変身前後における運動能力変化の測定——正義力場理論の実験的検討」Journal of Heropin Studies, 35(4), pp. 112–134.
- 小澤陽一・田口恵介(2018)「変身戦士における戦闘力発揮の感情的決定因——実験的アプローチ」Journal of Heropin Studies, 38(2), pp. 78–101.
- 中村誠司(2015)「正義力場の強度と感情的高揚の関係——準実験的研究」Journal of Heropin Studies, 34(1), pp. 22–44.
- Baumeister, R. F. (1991). Escaping the self: Alcoholism, spirituality, masochism, and other flights from the burden of selfhood. Basic Books.
- Burke, E. (1757). A philosophical enquiry into the origin of our ideas of the sublime and beautiful. R. and J. Dodsley.
- Clausewitz, C. von (1832). Vom Kriege. Ferdinand Dümmler.
- Csikszentmihalyi, M. (1990). Flow: The psychology of optimal experience. Harper & Row.
- Festinger, L. (1957). A theory of cognitive dissonance. Stanford University Press.
- Merleau-Ponty, M. (1945). Phénoménologie de la perception. Gallimard.
- Shannon, C. E. (1948). A mathematical theory of communication. The Bell System Technical Journal, 27(3), 379–423.
- Sherif, M. (1966). In common predicament: Social psychology of intergroup conflict and cooperation. Houghton Mifflin.
- Strauss, A., & Corbin, J. (1990). Basics of qualitative research: Grounded theory procedures and techniques. Sage Publications.
- Yerkes, R. M., & Dodson, J. D. (1908). The relation of strength of stimulus to rapidity of habit-formation. Journal of Comparative Neurology and Psychology, 18(5), 459–482.
著者紹介
結城 麗華(ゆうき れいか) 東京都立サブカルチャー総合大学 大学院ヒロピン学研究科 教授。専門はヒロピン現象学・変身戦士行動論。京都大学文学部卒業(哲学専攻)、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。著書に『ヒロピンの現象学』全三巻(現代サブカル書房)、『崇高なる「やられ」——バーク美学とヒロピン表現』(ヒロピン学叢書)。Journal of Heropin Studies 編集委員。日本ヒロピン学会設立準備委員会 副委員長。2023 年に発表した「ヒロピン学序説」により第 17 回ヒロピン学会奨励論文賞を受賞。
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